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時間の標準化

51 分前
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NISTのイッテルビウム光格子時計 — © J. Burrus/National Institute of Standards and Technology
NISTのイッテルビウム光格子時計 — © J. Burrus/National Institute of Standards and Technology

現実は私たちの手の中で生まれる。何かの存在を疑うとき、私たちは人差し指を伸ばしてそれに触れる。あなたのパソコンのキーボードや携帯電話のガラスは現実であり、存在している。あなたの指がそれをはっきりと確かめてくれる。私たち自身も、この世界に自分が存在していることを知っている。もし疑わしければ、二つの方法で確かめることができる。一つ目は、腕をつねってみること。広く使われている方法だ。あるいは今この瞬間、いちばん近くにいる人に「あなたは存在していますか」と尋ねてみてもいい。少し待ってみよう。答えは「はい」だっただろうか? それなら、その人は存在している。「いいえ」だっただろうか? 隣の人が本当に存在しているかどうか、人差し指を伸ばして触れて確かめてほしい。存在していただろうか? この実験の結論は、あなたに委ねよう。こうしてみると、私たちの手こそが現実の揺りかごであるように思える。だが、本当にそうなのだろうか?


私たちが行うことはすべて、自分たちの世界の中で行われている。人差し指を伸ばして別の世界に触れることも、そこに足を踏み入れることもできない。だからこそ、私たちの世界の外に別の世界が存在すると信じるのは、これほど難しいのかもしれない。この問題を解き明かそうとする数少ない理論の一つによれば、私たち自身もまた存在している別の世界がいくつもあるという。物理学者たちは、その創造力のめくるめく頂から、この理論を「多世界解釈」と名づけた。この考えの生みの親はHugh Everett IIIである。12歳のとき、EverettはAlbert Einsteinに手紙を送り、「止めることのできない力が、動かすことのできない物体に作用したらどうなるのか」という疑問を尋ねた。返事は次のようなものだった。

「親愛なるHughへ。抗しがたい力と動かない物体などというものは存在しません。しかし、そのために自ら作り出した奇妙な困難を、見事に切り抜けてきたとても頑固な少年がいるようです。敬具 A. Einstein」

物理学最大の天才からのこの返事が彼を物理学者の道へと向かわせたのかもしれないし、母親が語った物語のせいかもしれない。あるいは父親のライフルの弾道を研究したことがきっかけだったのかもしれない。それは知る由もない。わかっているのは、Hugh Everett III自身がいくつもの分野にまたがる天才であり、量子力学の仕組みを解き明かすうえで最も興味深い答えの一つを生み出したということだ。彼の多世界解釈は今日、物理学において量子力学の主要な理論の一つとして受け入れられている。だが、ずっとそうだったわけではない。


コペンハーゲン解釈


「電子と光子」をテーマとした第5回Solvay会議(ブリュッセル、1927年10月)の参加者。前列に座るのは、Irving Langmuir、Max Planck、Marie Curie、Hendrik Lorentz(議長)、Albert Einstein、Paul Langevin、Charles-Eugène Guye、C. T. R. Wilson、Owen Willans Richardson。後列には、Niels Bohr、Werner Heisenberg、Wolfgang Pauli、Max Born、Paul Dirac、Louis de Broglie、Arthur Comptonら量子物理学の中心人物が並ぶ。参加者29人のうち17人がノーベル賞を受賞した。
「電子と光子」をテーマとした第5回Solvay会議(ブリュッセル、1927年10月)の参加者。前列に座るのは、Irving Langmuir、Max Planck、Marie Curie、Hendrik Lorentz(議長)、Albert Einstein、Paul Langevin、Charles-Eugène Guye、C. T. R. Wilson、Owen Willans Richardson。後列には、Niels Bohr、Werner Heisenberg、Wolfgang Pauli、Max Born、Paul Dirac、Louis de Broglie、Arthur Comptonら量子物理学の中心人物が並ぶ。参加者29人のうち17人がノーベル賞を受賞した。

1912年、ベルギーの実業家Ernest Solvayは、3年ごとに開催されるSolvay会議(1)を創設した。1927年10月に電子と光子をテーマに開かれた第5回会議は、史上最も重要な会議の一つとなった。参加した29人の科学者のうち17人が、すでにノーベル賞を受賞しているか、のちに受賞することになる。そこにはAlbert Einstein、Niels Bohr、Max Planck、Erwin Schrödingerといった名高い顔ぶれがそろっていた。この会議では、生まれたばかりの量子論が議論され、とりわけ電子のふるまいをめぐるEinsteinとBohrの有名な論争が繰り広げられた。名高い「コペンハーゲン解釈」はこの会議から生まれた。それを理解するには、まず2年前の1925年になされたSchrödingerの発見を知っておく必要がある。

Schrödingerは自らの方程式によって、巨視的な世界の見方ではNewtonの第二法則(F = ma)がよい結果をもたらすものの、量子のレベルではそうはならないことを示した。

つまりSchrödinger方程式を使えば電子の軌道のエネルギーを計算でき、同時に、電子の正確な位置を予測することは不可能であることも示される。この不可能性は、電子が重ね合わせの状態、すなわち複数の位置に同時に存在する状態にあることによる。複数の位置に同時に存在するのであれば、電子は粒子としてではなく、波としてふるまっているといえる。ところが、電子を観測すると、私たちにはそれが粒子であるかのように見える。そこでコペンハーゲン解釈は、電子は波としてふるまうが、観測されるとその波動関数が収縮し、粒子としての姿を現すと主張する。Einsteinが異を唱えたのは、まさにこのBohrの考えだった。この論争を受けて、Einsteinはあの有名な言葉を口にしたと伝えられている。

「神はサイコロを振らない」

これは、波と粒子のあいだの移り変わりを説明するためにBohrが示した答えが確率に基づいており、しかも観測者に依存しているという点を指したものだった。Bohrの返答は簡潔だった。

「Einstein、神に何をすべきか指図するのはやめたまえ」

長年Newtonの古典物理学の目で世界を見てきたこれらの天才たちは、確かめようのない現実を前にしていた。この論争のすべての発端となった方程式の生みの親であるSchrödinger自身も、波動関数の収縮という考えをばかげたものだと考えていた。そのため彼は、物理学のなかでも最も機知に富んだ実験の一つを提案するに至る。今日「Schrödingerの猫」として知られる実験である。




Schrödingerの猫


Schrödingerの猫の思考実験の模式図 — Erwin Schrödingerが提起した量子のパラドックスを描いたもの。箱を開けて系を観測するまで、猫は生きていると同時に死んでもいる。
Schrödingerの猫の思考実験の模式図 — Erwin Schrödingerが提起した量子のパラドックスを描いたもの。箱を開けて系を観測するまで、猫は生きていると同時に死んでもいる。

Schrödingerの猫の実験は、コペンハーゲン解釈を日常のありふれた物体に当てはめることの不条理さを示そうとするものだ。その内容は単純で、猫を青酸の入った瓶、放射性物質、放射線検出器とともに箱の中に入れるというものである。量子物理学によれば、放射性物質の原子は実験の間に崩壊することもあれば、崩壊しないこともある。放射性物質の粒子が崩壊して放射線を放てば、毒の瓶が割れて猫は死ぬ。粒子が崩壊しなければ、猫は生き続ける。コペンハーゲン解釈によれば、箱を開けるまで、猫は生きていると同時に死んでもいる。しかし箱を開けると、観測者が目にするのは生きた猫か死んだ猫のどちらかだけだ。Einsteinが指摘したとおり受け入れやすい理論ではないが、今日に至るまで広く受け入れられてきた。




多世界解釈


多世界解釈に着想を得たイメージ図。
多世界解釈に着想を得たイメージ図。

第5回Solvay会議から30年後、Hugh Everettは博士論文の審査に臨み、当時世界的に名声を得ていたBohrの問題に対する解決策を果敢にも提示した。審査を終えたのち、Everettの指導教官はBohrに彼と会ってもらう約束を取りつけた。しかしEverettの妻の証言によれば、Bohrはその話題に触れることすら拒み、彼に会うことさえしなかったという。


Everettの提案はきわめて単純だった。電子のふるまいを説明するのに、Schrödinger方程式だけを用いればよいというのである。ここまでは特に目新しいことはない。だが、その次の発想はもう少し大胆だった。

電子の位置の測定という問題に対して、Everettは、電子を観測するという行為そのものが新しい世界を生み出し、その世界では同じ電子が粒子として現れるのだと提案した。

その世界は、粒子がまだ波としてふるまっていた元の世界とは異なる世界となる。Everettの提案には「多世界理論」という想像力豊かな名前が与えられた。多世界解釈によれば、Schrödingerの猫も、観測者も、そして世界全体も重ね合わせの状態にあり、そのほうが明らかに筋が通っている。だからこそ、複数の世界の存在を当然考えなければならないのである。今日に至るまで、多世界解釈は、量子物理学における電子の位置の測定問題に解決策を示す数少ない理論の一つである。その評価はSFファンにとどまらず、Sean Carrollのような著名な物理学者からも寄せられている。



手と現実


私たちが複数の世界に同時に存在しているという考えは、人を当惑させる。量子物理学が明らかにした未知の広大さは恐ろしいほどだ。私たちは、現実そのものが何であるのかさえわからなくなってしまった。残されたのは、現実が生まれ、生き、そして死ぬのは私たちの思考の中だけだと考えることくらいだ。結局のところ、私たちは生まれる前から、両親の思いの中で存在し始めている。誰かに触れられたから現実になるわけではない。私たちの手が、足で踏みしめている世界を現実にするのでもない。現実に触れることはできないし、ましてや触れたものを現実にすることなどできはしない。


現実は私たちの手からこぼれ落ち、実存的な問題を抱えていることが、今やわかった。そして先週末以来、時間もまた同じような病を抱えていることを私たちは知った。現実については、私たちにできることはほとんどない。しかし時間については、時計学校であるIPRとして、少なくともそれを解き明かそうと努める責務がある — たとえ、どれほど不条理に思えようとも、時間は存在しないと考えられているのだとしても。

時間とは何か


時計製造の世界において、時間は単なる哲学的な抽象概念でも、感傷的な価値でもない。正確に測定されなければならない物理量である。時間の標準化の歴史は注目すべき道のりをたどってきたが、そのなかで際立つのが国際度量衡総会(CGPM)だ。秒をはじめとする国際単位系(SI)の基本単位を公式に定義する国際的な場である。



メートル条約:標準化の起源


セシウム133原子の放射に基づく秒の定義を表したコンセプトイラスト — 1967年に国際度量衡総会(Conférence générale des poids et mesures、CGPM)で採択された。
セシウム133原子の放射に基づく秒の定義を表したコンセプトイラスト — 1967年に国際度量衡総会(Conférence générale des poids et mesures、CGPM)で採択された。

1875年5月20日、ポルトガルを含む20か国がパリでメートル条約に調印した。この国際条約は計量単位の世界的な統一の礎を築き、パリ近郊のセーヴルに本部を置く国際度量衡局(Bureau International des Poids et Mesures、BIPM)の設立へとつながった。


当初はメートルとキログラムの定義に重点を置いていたBIPMの活動は、やがて時間を含むほかの物理量へと広がっていった。これらの活動の調整を担うことになったのが国際度量衡総会であり、1889年以来定期的に開かれ、定義の承認、規格の見直し、国際単位系の一貫性の確保にあたっている。



天文学的な秒:不安定な定義


何世紀にもわたり、時間は天文観測によって測られてきた。

秒は平均太陽日の86400分の1(1 ⁄ 86400)、すなわち地球の1回の自転の24分の1をさらに3600で割ったものとして定義されていた。

ところが、地球の自転は一定ではないことがわかった。地質、大気、重力に起因する、予測できない小さな変動があるのだ。


この不安定さは、衛星測位、通信ネットワークの同期、あるいは科学的な時間計測など、極めて高い精度を必要とする用途にとって許容できないものとなった。自然界のどこにでも存在する、不変の基準を見つける必要があった。



原子の秒:正確さの革命


答えをもたらしたのは分光学と量子物理学だった。原子はエネルギー準位の間を遷移するときに、特定の周波数の放射を出す。セシウム133の場合、その周波数は際立って安定している。


1967年、第13回国際度量衡総会は秒の新しい定義を承認した。

「秒は、セシウム133原子の基底状態の二つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9 192 631 770周期の継続時間である。」

この瞬間は歴史的な転換点となった。時間の単位は初めて天体に依存することをやめ、原子物理学の不変の現象に依存するようになったのである。以来、原子時計は精度の最高基準となった。



パリから世界へ:セシウムのリズムを刻む時計


NISTのイッテルビウム光格子時計 — © J. Burrus/National Institute of Standards and Technology
NISTのイッテルビウム光格子時計 — © J. Burrus/National Institute of Standards and Technology

CGPMは今もSIの定義の進化を監督し続けている。2019年には、キログラム、アンペア、ケルビン、モルを普遍的な定数に基づいて再定義した。しかし時間の単位は、さらに高精度な将来の標準 — 光格子時計など — への道が準備されつつあるとはいえ、引き続きセシウムの放射に結びつけられている。


光格子時計


近年、いわゆる光格子時計が最も精密な時間計測装置となった。セシウム原子時計との違いは、光格子 — 原子を決まった位置に固定するレーザー光の構造 — に閉じ込めた中性原子を用いる点にある。


これらの原子は、セシウムで用いられるマイクロ波よりもはるかに高い周波数の光によって励起され、比類のない時間分解能が得られる。

これらのシステムの精度は非常に高く、最新のデータによれば、累積誤差は300億年で1秒未満とされる。

国際単位系の基準としてセシウムが公式に置き換えられたわけではまだないが、光格子時計は将来の秒の再定義の最有力候補であり、現在、世界各国の国家計量標準研究所で試験が進められている。



ポルトガル:法定時のない国


今のポルトガルでは、ほかの国々以上に「時間は存在しない」と言える。145年にわたり国に仕えてきたリスボン天文台が、法定時の発信機関ではなくなったからだ。


2019年以来、法制度と組織の変更によって権限の空白が生じ、法令第279/79号が定めていたことを果たすことができなくなった。公式時刻の発信の責任はInstituto Português da Qualidade(ポルトガル品質研究所)に移管される予定だが、立法手続きはいまだ定まっていない。


その間、この国には稼働している発信機関もなければ、公式に時刻を示す公共の時計も一つとして存在しない。


かつてヨーロッパで最も権威ある天文台の一つを擁したポルトガルは、こうして自らの法定時を失ったのである。







注:

(1)Solvay会議は、Ernest Solvay(1838–1922)の構想と寛大さから生まれた。Solvayはベルギーの実業家・化学者で、炭酸ナトリウムを製造する化学的製法の開発によって財を成した人物である。科学の進歩には同時代の最も偉大な思想家たちの対話が欠かせないと確信したSolvayは、1911年、世界で最も影響力のある物理学者たちを自由で厳密な議論の場に集める、一連の高水準の科学会議を創設した。その取り組みは、量子論をテーマとした1927年の有名な第5回会議で頂点に達し、そこではEinsteinの決定論的な見方とBohrの確率論的な解釈という、現実をめぐる二つの考え方がぶつかり合った。Ernest Solvayは単なる後援者ではなかった。科学が自らの基盤を問い直す自由を持てる場を築いた設計者だったのである。これらの会議が計量の規格を定めたわけではないが、今日の時間の測り方を支える理論の構築にとって決定的な役割を果たした — とりわけ、原子時計を支える量子物理学を通じて。


参考文献

書籍

  1. Kragh, H. (1999). Quantum Generations: A History of Physics in the Twentieth Century. Princeton University Press.

  2. Carroll, S. (2019). Something Deeply Hidden: Quantum Worlds and the Emergence of Spacetime. Dutton Books.

  3. Byrne, P. (2010). The Many Worlds of Hugh Everett III. Oxford University Press.

  4. Heisenberg, W. (1958). Physics and Philosophy. Harper.

  5. Quinn, T. J. (2012). From Artefacts to Atoms. Oxford University Press.

  6. Rovelli, C. (2017). The Order of Time. Allen Lane.

  7. Pais, A. (1982). Subtle is the Lord: The Science and the Life of Albert Einstein. Oxford University Press.


機関・学術サイト

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